徒然なるままに

2019 '19,1
2018 '18,1 '18,2 '18,3 '18,4 '18,5 '18,6 '18,7 '18,8 '18,9 '18,10 '18,11 '18,12
2017 '17,1 '17,2 '17,3 '17,4 '17,5 '17,6 '17,7 '17,8 '17,9 '17,10 '17,11 '17,12
            
'19/ 1/ 12  免許更新 &初滑り

 お年頃!という事なんでしょうねェ。
運転免許更新に際して、視力がかなり心配領域に!。というか、去年緑内障と診断をされて眼科通いを始めたのだが、なんとか「眼圧管理で行けるでしょう!」
 と現在は3ヶ月に1度の通院で治まっているが、先月の通院で運転免許更新間近という事で検査した所。「危ないかもよ・・・」(´;ω;`)との診断。

 視力ギリギリ、乱視も進行している。という事で眼鏡の処方箋を出してもらい、作った眼鏡を持って免許センターへ!
 結果、裸眼で視力検査は通ったものの、裸眼と誂えた眼鏡を着用した時とではさすがにクリア感は雲泥の差。ま、眼科の先生からも「通常運転の時にも眼鏡は掛けた方が良いかもね!」と言われたものの、面倒くさいし、さてはてどうしたものか。

 5年ぶりで視力低下を気にした免許証更新も終えこの冬初滑りの週後半。
若い時分の様に規模の大きなスキー場へ行く事もなくなり、もっぱら近場3か所を転々とするパターン。午前券でピステン跡が残っている状態を滑り切り、昼には日帰り温泉へ下がってランチと入浴がルーチンとなってしまった。

 平日の近場スキー場は、大体同じような行動パターン御同慶が多い。バイクツーリングでもヘルメットを外すと似たような年頃を目にして苦笑いするようなもの。 平日のスキー場は高齢者ばっかり(!?)と言うのは語弊もあるかもしれないが、生涯スポーツとしてうまく説明されている方がいた。
  スキーの特徴として、@特殊技能である、A技法が多様、B体力勝負でない、C単独行動が可能、などが目立ちます。@Aは若者より中年に分がある一面であり、BCは高齢者を閉め出さない有利な条件です。
 だそうな、まぁリタイヤ後の時間の持て余し的なものも・・・(苦笑 

 この中で@特殊技能だとするのは「自転車に乗る」事と似たようなものだそうな。一度自転車に乗る事を覚えれば、間を空けても歳をとっても自転車に乗ることは出来る。と云ったようなモノだそうな。そういった意味ではバイクのソロツーリストにも同じような要素があるのカナ!?

'19/ 1/ 5  平成31年FCレーダー照射ビデオ其の弐

 先月辺りはTVでは「平成最後の・・・」てな枕詞が盛んに使われたような気がした。
 年末寒波が若干緩んで年が明け、平成は続いて今年は平成31年。ま、当たり前だけれど新しい年号も決まっていないし譲位も 行われていないので当然といえば当然。
 年賀状を書く時にアレレ!?と気付いて「平成31年元旦」と書き入れた。何気なく耳に入ってくるマスメディアの言葉が引き起こす、些細な混乱。

 「脱亜入欧」1万円札の福澤諭吉翁が説いた言葉として認識されている向きもあるが、これは福沢翁は言っていない。
確かに「脱亜論」と云う論説は著しているが「入欧」と続ける「脱亜入欧」はこれに乗った「時のスローガン」だった。
 Wikipediaを開いてみると
【欧米列強が植民地戦争を繰り広げていた明治時代に、『日本之輿論 一名・当世名士時事活論』(1887年(明治20年))の鈴木券太郎など在野の日本人が造語し流布させた言葉である。また、明治政府の各種スローガン「文明開化」「殖産興業」「四民平等」「国民皆兵」「富国強兵」をひとくくりにして分りやすく表現した在野のスローガンである。『五箇条の御誓文』(1868年(慶応4年)3月14日)以降『前近代的なものを卒業して近代国民国家になるべきだ』と努力し続けていた明治中頃までの明治政府や『学問のすゝめ』(1872年(明治5年)-1876年(明治9年))の福澤諭吉の意図とは異なり、「脱亜入欧」という分りやすいスローガンのほうが日本国民の多くに幅広く浸透し流布した言葉と考えられる。】

 爺もいつの時点までだったか福澤諭吉翁と言えば「学問のすすめ」次には「脱亜入欧」。なるほど今の日本隣国、燐々国の行状を見るにつけ、脱亜入欧なる言葉を思い出すことが多かった。
 だが実はこの言葉に敏感に反応していたのはその日本隣国、燐々国であったようだ。 これもWikipediaからの引用になるが
【2011年(平成23年)12月16日、韓国の『毎日新聞』はジョン・インヨル論説委員の「脱亜と興亜?福澤諭吉の残した「脱亜入欧」の亡霊がまだ日本を覆っている」というコラムを掲載した[7]。ジョンはそのコラムの中で、「福澤諭吉は今日の日本で国父のように尊敬されている。そのため日本の最高額紙幣の1万円に描かれた彼は、1885年、文章を通じて『文明国家になるためにアジアを脱してヨーロッパを指向しなければならない』として「脱亜入欧」を主張した」と記している。】
 更に燐々国では
【2012年(平成24年)4月29日、『サーチナ』は中国の検索サイト百度の掲示板に「中国は日本のように脱亜入欧できるか?」というスレッドが立ったと報じた[5]。スレのレスでは、「福澤諭吉が『時事新報』に有名な短文「脱亜論」を掲載して、中華思想や儒教を廃し、西洋文明を吸収して、アジアを脱しアジア諸国とは絶交することを主張した」との指摘がなされた】
 とそれぞれのメディアが主張しているわけだ。

 「脱亜入欧」なるスローガンが福澤諭吉翁の言ではなくて鈴木何某の流布したスローガンであれ、いわば世情を扇動した効果はある。そしてそれは「亜細亜」の隣国、燐々国ではコンプレックスとして作用したものか、それとも反日ツールとして使ったものか!?両方とも考えられる。
上下意識、甲乙感、中華・小中華思想どれにとっても「あいつらはこういう意識を持っているんだゾ〜」と彼らとは別な集団だと云う教宣には都合が良い。

 残念ながら彼らは「脱亜入欧」はプロパガンダとしては使えても「学問のすすめ」は活用しきれなかったようだ。確かに日本は特に明治期は技術・文化の相当の部分を欧米から取り入れた。いわゆる「パクリ」部分もあったとは思うが多くはよくもこれだけ咀嚼できたものだと爺的には思う。
 やはり福澤諭吉翁で連想される、英単語からの日本語化のセンスには感謝に堪えない。同じ漢字圏の隣国、燐々国でさえ日本語化熟語は数多く普通に使われている。

 ただ、漢字を捨てた隣国と簡易化で留まった燐々国ではその後の文化の変化は大分違ってきている。日本語で「電子計算機」と訳したコンピューター」燐々国で訳した「電脳」などは秀作でしょうね( ´艸`)。隣国では表音文字化しているので芸はない。ただ長音表現が乏しいので、爺はハングルはわからないがカタカナ表記すると「コムピュト」と言うらしい。  ま日本でも電子計算機、電算機は死語化して「PC」が一般化したのだろうが。

 ま、前振りというか隣国イメージ雑感をダラダラ記してしまったが、昨年末起きた韓国海軍艦による海自哨戒機に対するFCレーダー照射事件。
 海自側説明VTRに反応して韓国側のビデオもYoutubeにアップされた。期待外れと言うか期待通りというか・・・威勢のいいBGMに彩られ、韓国側記録は10数秒、画面を横切っているように見える哨戒機P1らしき飛影が小さく映っている。その他は先に公表されている海自のVTRを切り貼りし、テキストで今までの主張をなぞっているもの。

 サムネイル画像には海自HPから取ったらしいP1画像を大きく韓国艦の上に張り付けている。
 どこかで見たような・・・と思ったら、事件勃発後NHKの初報で画面に現れた構図によく似ている。NHKのものはP1画像が乏しいのか、航空機に無知なのかランディングギアが出ているものだったが、今ネットで見えるNHKの当該情報では、不自然な区切り線が入れられている。

 もう一つ思い出した既視感・・・一昨年、中国軍機に対する自衛隊機のスクランブル報道でも批判の有ったコラージュのケースと似ていて、画像作成に込められた意図があるとしたら、今回の韓国側VTRのサムネイル構図と似た感性かもしれない。

 泥沼化!?と言われそうだが伝統「声闘」技が持ち味の韓国側は、今ここ至って非を認めることはないだろうし、日本側が求める再発防止はおろか、むしろ日本側に対し謝罪を求めるとしている。

 まさに慰安婦問題と最近展開している戦時応募労働者問題と通底するもの。ただ呆れ果てて「撃ち方止め!」鉾収めに至るのはやめた方が良い。笑い話のようだけれど彼らはそれで説教を垂れるような勝利宣言をするだろう。
 ウソかマコトか何処かの国では朝鮮対応マニュアルとして
「理由は聞くなどうせ大したことは言っていない」というのがあるそうな、う〜んこれホントかも。



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